多言語、多文化、多民族。マレーシアも、ニュージーランドも、外に出ればいろんな人種と言語が飛び交っています。
日本人の私としては ”いいなーバイリンガル(トリリンガル)”というような多言語環境。
英語圏の国は、基本的に英語プラス自分の言語ですが、
マレーシアは自分の教育を受けた言語+英語+国語のマレー語なので、どの人種か、親の好みによりその順番は大きく入れ替わります。
(マレーシアは、マレー語・中国語・タミル語から親の自由で学校が選べます。私立だと英語もあります。)
私の後輩君は、中華系学校育ちの読み書き話もバッチリなインド系でした。
4人兄妹で、マレー・中華・タミル学校にそれぞれがランダムに振り分けられたそうです。
※どの見た目の人が何語を知っているか解らない国です。言動には気をつけましょう。
同じマレチャイ(中華系)でも、マレー語教育を受ければ中国語はいまいち。だったり
中華系でがっつりチャイニーズの教育を受けていれば、義務教育で習ったはずのマレー語もさっぱり。です。
ごちゃまぜな言語環境のため、どこでも看板は2−4言語表記。
そんな多言語環境、外から見ればバイタリティー溢れていろんな言葉が喋れて…といいことづくめに見えますが
その副作用として現れてしまった、言語難民のお話です。
言語難民という言葉は勝手に私がつけましたが
何が起きているかというと、4−5言語を操れる代わりに、どの言語も100%わからない。
という状況の人が(特にマレチャイの間で)時々居るのです。
文法無視、一つの会話に2−3言語の単語を混ぜるのがOKなこの国で
同じ言語を網羅している人には問題ないのですが
そうでない時に、どれも完璧でないためにコミュニケーションがうまく取れず、声が大きくなり、感情的になりやすい人が多い印象です。
なぜ、そんなことが起きてしまうのでしょうか。
私の前の職場のとある マレチャイの子は
マレー語の学校に行き、家では中国語(マンダリン)を話すが、自分の住んでいた地域が広東語だったので広東語も知っている。お母さんの家系が客家だから客家もわかる。
ただ、母語は英語だとのこと。もちろん英語はマングリッシュのことで、マレーシア・シンガポール以外の人との英語コミュニケーションには支障があります。
そして、マレー系の知り合いもあまりいない中で、マレー学校にてマレー語で11年間教育を受けたのに、”マレー語は役に立たない”と考えるマレチャイも多く、母語として話すのを敬遠するうちに精度が落ち、中途半端になってしまう。ということです。
彼は漢字の読み書きもできず、自分の名前の漢字もわからないとのことです。
やっぱり学校で習わずに漢字をマスターするのは不可能なようです。
他にも、知り合いで中国語(マンダリン・広東・福建・客家)4つと、マレー語、英語を知っているけれど
混ぜないと話せない。一つの言語で数分間の話がうまくできない。という人がいました。
マレー学校に行ったマレチャイで、公立学校がマレー系しかなかったという状況で、
マレー語をないがしろにして卒業したら、すべて不完全になってしまい、話は広東語、読み書きは英語とマレー語のミックス(混ぜないと文章が完成できない)という状況に陥ってしまっているのです。
ーとはいえ、”難民がみんな不幸か?”というと、そうではないようです。
もちろん中には仕事を始めて異人種と関わり、これはまずいなと苦しむ人もいるようですが
ほとんどの言語難民は、違う人種とは程よく距離を取り、同じごちゃまぜ言語ができる相手だけを選んで生きていけばOKなのです。
中途半端とはいえ、守備範囲は3−6言語と相当広く、どれも伝わる程度は網羅しているので、
仕事や買い物などあまり込み入った話をしない限り、そもそも支障がない。ということです。
そして海外に出たり、公式文書も書く機会もないので、そもそも”これでOK”で、危機感というよりそもそも危機でもないのです。
※そんなマレー語嫌いなマレチャイが多い中、マレー学校に入り、ほかのマレチャイが自由に漢字を操るのを見て
”これは俺はマレー語をマレー人並みに完璧にしておかないとこいつらと勝負できない!”と危機感を持って
中国語を諦め、マレチャイなのに母語はマレー語。読み書き会話も全て第一言語はマレー語という超レアケースもありました。
このようなミックス言語での話が最も心地の良い人のことを、ロジャ(ごちゃまぜフルーツ)と言い
母語はロジャだよー。でOK。伝わればいいに集中したシンプルな共通認識のようです。
そして、基本何語でも対応するけど、結局親しい友人や家族、彼氏・彼女は同じ言語を操るロジャに落ち着く場合がほとんどだそうです。
多言語環境という中で、どの見た目の人がどれを話すかまで解らない。のレベルまで多言語化しているマレーシア。
日本人、日本語だけの単一言語で損した気分になっていたのを簡単に壊してきた新境地の言語環境が南の国でありました。
読み書き会話、何も不自由なく完璧にこなせる言語が1つある。ということに感謝する時代もいつか来るのかもしれませんね。
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